物の本質について




古代の唯物論哲学入門です。

物の本質について
ルクレーティウス著、樋口勝彦訳、岩波文庫
初版:1961年
原書成立年:1世紀頃


ローマの詩人ルクレティウスが述べる自然科学・哲学概論です。
エピクロス派の原子論・唯物論が存分に開陳されており、古代の科学的思想を知る上で貴重です。
自然科学の合間に述べられる人生観や社会風刺・描写が魅力的で、ショーペンハウアーは著作の中でよく引用しています。




本書はルクレティウスが友人にエピクロス派の哲学をわかりやく、退屈しないように詩の形式で述べています。原書は詩の形式ですが、本書ではばっさりと散文で訳しています。
エピクロスの思想的な面よりも、原子論に基づく唯物主義的な自然科学を中心にしており、デモクリトスを継承したエピクロスの原子論が比較的わかりやすく述べられています。

元素説などの他説を排撃し、原子と空間を定義して、原子論こそが正しいと主張しています。アルファベットの組み合わせで言葉ができるように、原子の組み合わせであらゆる物質ができるとしています。さらに無限の空間としての宇宙も定義しています。
精神も原子でできており、肉体同様、死後は分解されてしまうと述べています。神々は存在するけど、人間より上級の生物というだけで、原子論の枠組みの中で人間とは無関係に存在しているそうです。宗教を完全に切り捨てて、さらに宗教を有害視しており、現代の目から見ても急進的な唯物論といえます。
それから宇宙と地球の誕生に始まり、人間の原始社会の発生までも物語っています。神々や奇跡などを介さずに、偶然の結果としてすべてを説明しています。
最後に雷や地震などの自然現象について説明しています。石油みたいな物や磁石についても原子に基づいて解説しています。そして疫病について語った後、唐突に終わります。

正直、すべてが対応する原子の働きとして説明されるので、だんだん退屈にもなってきますが、300ページ程度の中に物理学、天文学、生物学、色彩論など。、あらゆる分野を含んでおり、古代の総合科学になっています。よくもまぁ、想像と推論だけでここまでやったものだと感心します。
科学的説明の合間に、苦痛や不安のない穏やかな生活を最上の快楽とするエピクロス派の主張も述べられています。

ユートピア




「ユートピア」の語源です。

ユートピア
モア著、平井正穂訳、岩波文庫
初版:1957年
原書出版年:1516年


イギリスの思想家で大法官でもあり、カトリックを信奉してヘンリー八世に処刑されたトマス・モアの名著です。
プラトンの『国家』などの影響を受けながら、理想の国を描いています。
私有財産を禁じた共同体を構想し、共産主義の先駆けとも言われます。




トマス・モアはエラスムスとも交友があり、ルネサンス期の人文主義者の系譜に含まれると思います。
しかし他の人文主義者たちの思想はだいたい古代ギリシャ・ローマの焼き直しが中心ですが、モアは現実の貧民や貴族・富豪の社会について考究し、独自の理想を構築しています。
農業中心や共同食事など、スパルタや共和制ローマ的な要素の上に、私有財産の禁止、男女同権、思想宗教の自由、一日6時間労働、全員勤労など、同時代からとび抜けた要素を含んでいます。

内容は二部構成になっています。トマス・モアが友人たちと語り合った内容という形で話は進みます。
第一部はヒスロデイという、ユートピア帰りの旅行者がトマス・モアたちにヨーロッパ社会の問題を語ります。
地主や大商人に圧迫され、食うに困って窃盗に走る貧民に対し、死刑を乱発して犯罪を防ごうとする政府を、ヒスロデイは激しく非難します。さらに内政を疎かにして、外征ばかりに夢中になる国王なども批判されます。モアはヒスロデイに対し、どこかの王の顧問になって政治手腕を発揮したらどうか、と勧めますが、ヒスロデイは自分のようなプラトン流の真の政治を主張しても今のヨーロッパでは邪魔者扱いされるだけ、と頑なに拒否します。

第二部はヒスロデイが自分で見てきたというユートピア国の制度や社会が語られます。ユートピアは家族を基本とする共和制の島国です。都市の人々は定期的に農村に移って農業をし、その傍らに手工業もやるそうです。貨幣はなく共有財産制になっており、金銀は外国との戦争や取引のために保持するだけです。平和を愛好し、戦時には国軍もありますが、なるべく傭兵と買収などの計略を使って自国民の犠牲を抑えるそうです。働かなかったり、犯罪を犯した者は奴隷身分にされます。宗教の自由は認められ、「けっきょくは同じ神をいろいろな方法で崇めているにすぎない」というような見解がとられています。病院などの社会保障も完備されています。旅行や転職には管理者の許可が必要で、正直、管理国家の様相が強く、住みやすいかどうかは微妙なところです。最後の方では国家の土台となる平民が特権階級に搾取される当時のヨーロッパ社会を批判し、ユートピアを見習うようにヒスロデイは訴えます。トマス・モアはヨーロッパで実行できるかは疑問だと留保しながらも、あくまでもヒスロデイの報告として終えます。

宗教改革前夜でまだ封建制度が残っており、啓蒙主義が流行する200年以上も前に、こういう思想が生まれるとは驚きです。

三銃士




西洋のチャンバラ時代小説の決定版です。

三銃士 上・下
大デュマ著、生島遼一訳、岩波文庫
初版:1970年
原書出版年:1844年


有名な作品で、映画や漫画の原作に何度使われたかわかりません。
ルイ13世とリシュリュー時代の歴史的事件に、ダルタニャン、アトス、ポルトス、アラミスの活躍が絡んでいきます。
友情、恋愛、決闘、陰謀などが満載です。




時代は1627年前後で、フランス南西部ガスコーニュ地方から一旗揚げにパリに来た青年ダルタニャンの物語です。
当時のフランスは宰相リシュリューが国内とヨーロッパに睨みをきかせ、絶大な権力を握っていますが、国内は大貴族や新教徒(ユグノー)など王権に必ずしも従わない勢力がおり、まだ不安定さも残っています。
主人公たちは、反リシュリュー派の王妃に味方しながら、ユグノーが籠るラ・ロシェル攻囲戦や、イギリスのバッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズの暗殺などの史実に関与していくという、典型的な時代小説です。
「銃士」とは近衛兵か旗本のようで、戦場以外では鉄砲は撃ちません(短銃は携帯していますが)。普段はとくに勤務がないようで、暇をもてあまして酒と恋愛(不倫)と決闘に明け暮れるという、困った連中です。戦いのほとんどは騎士道的な決闘がメインで、1対1のチャンバラになります。
ちなみに、有名は「一人は皆のために、皆は一人のために!」というセリフは、「四人一体」と訳されています。
主人公たちは貴族同志の友情や礼儀に厚いですが、身分社会なので平民にはけっこう冷たいです。フランスらしく、恋愛対象はだいたXXX夫人という感じです。

前半はダルタニャンと三銃士の友情と決闘生活、それにリシュリューの王妃に対する陰謀などの主題が進みます。
後半も同じような感じですが、才色兼備の妖姫ミレディーが出てきて、単調さをふせいでいます。
リシュリューが敵役になっていますが、必ずしも悪く描かれておらず、大宰相の貫禄は十分にあります。
舞台はフランスとイギリスだけで、当時ドイツは三十年戦争で大変なことになっていましたが、まったく触れられません。

元が新聞連載小説なせいか、ちょっと長く感じるところもありますが、まぁ面白く読めます。

ローマ帝国衰亡史




古典的な歴史本として多くの人に読まれてきました。

ローマ帝国衰亡史 全10巻
ギボン著、中野好夫・他訳、ちくま学芸文庫
初版:1995〜1996年
原書出版年:1776年〜1788年


調子のよいローマ勃興期ではなく、ローマが滅亡する過程を叙述・考察した大著です。
2世紀の五賢帝の末期から始まり、15世紀の東ローマ帝国の滅亡まで、関連国家・民族・宗教も絡めながら、ときには冷静に、ときには感情を込めて語っています。
ただの歴史物語ではなく、歴史から教訓を導こうとする啓蒙時代の作品なので、人物評や政策評にも重点が置かれており、チャーチルなど多くの政治家や軍人の愛読書となりました。




全10巻もあり、現時点で私はまだ4巻までしか読んでいないので、4巻までについて述べます。

1巻は2世紀から3世紀半ばくらいまでを扱っています。
まず五賢帝時代の栄光のローマ帝国について概観し、帝国の版図や軍制を復習します。自由の精神を維持しながら名君に統治され、平和によって繁栄し、寛容の精神によって民族協和が実現した帝国ですが、コンモドゥスやカラカラなどの暴君の恐怖政治で台無しになり、ローマは次第に旧来の長所・美徳を失っていきます。各地の軍に担がれた凶暴な軍人皇帝たちが1、2年で入れ替わる乱世となり、ウァレリアヌス帝はペルシャに敗れ捕虜になるは、シリア(パルミュラ)やガリアは半独立状態になるは、各地で反乱続出し、帝国は崩壊目前になります。カラカラ以降ガリエヌスまでのほとんどの軍人皇帝はギボンに酷評されており、読んでいてゲンナリしてきます。
後半は、帝国を外から脅かすペルシャ帝国やゲルマン民族について詳しく述べられます。とくにこの頃はゴート人が暴れており、デキウス帝を戦死させたり、各地を放浪してウクライナに居つき、船で黒海沿岸を荒らしまわってギリシャにまで略奪に行ったエピソードなども書かれています。

2巻は3世紀半ばから4世紀初めくらいを扱っています。
収拾のつかない状態から始まりますが、クラウディウス二世、アウレリアヌスなど優れた軍人皇帝が続き、帝国は再統一されますが、どの皇帝も短命で長期政権になりません。やがてディオクレティアヌスが帝国を再建し、広大な領土を守るために帝国を四分割し、とりあえず昔の栄光を取り戻します。その一方でこの皇帝は東方専制国家の制度・風習が取り入れ、ローマ市を軽視してニコメディアに宮廷を置き、帝国はますます変貌していきます。自発的に引退したせいか、辛口のギボンもディオクレティアヌスには好意的です。ディオクレティアヌスの後はまた後継者争いになり、その中からコンスタンティヌスが勝ち残ります。
後半は、キリスト教の考察に当てられています。奇跡(イエスが処刑されたとき天が暗くなったとか)について同時代の記録が見当たらないとか、ネロ以降それほど過酷な弾圧はなかったとか、キリスト教徒の反社会性(異教の風習には断固交わらないなど)や教徒同士の内輪揉めなども迫害の原因になった、と冷静に分析しています。

3巻は4世紀初めから半ばくらいまでを扱っています。
コンスタンティヌス大帝の体制や新首都コンスタンティノポリスの解説から始まります。ギボンはコンスタンティヌスについて、長男の処刑や、東方風の支配制度を取り入れて国民に重荷を課す暴君ぶりを手厳しく批判しています。その死後は、コンスタンティウス二世が後継者争いに勝利します。この皇帝は内戦に勝ち残って長期政権を維持したけれど、キリスト教の異端論争にのめり込み、ササン朝ペルシャには終始劣勢で、帝国の不安材料は多々あります。中盤ではキリスト教についての考察になり、コンスタンティヌスの改宗やそれにまつわる伝説を冷静に分析しています。けっきょく、よく組織化され、君主に無抵抗で、道徳的な行動を薦めるキリスト教は、最初は権力者に都合のよい宗教だったということになります。そのキリスト教も権力を握ると、教義をめぐって異端論争が頻発し、アリウス派をめぐる長い不毛な内部闘争が展開されます。アタナシウスのような気骨ある司教もいますが、この辺はだいぶん退屈です。
後半は、ゲルマン人を討伐して名を挙げたユリアヌスが反乱の末に皇帝になります。彼は古来の異教を復活させ、巧妙にキリスト教の既得利権をはく奪していきます。ギボンは古典と哲学を愛好する若きユリアヌスの性格を称賛しますが、偏った異教信仰にはやはり手厳しいです。

4巻は4世紀後半から5世紀初頭までを扱っています。
ユリアヌスは意気揚々とペルシャ遠征しますが、あっけなく敗死してしまいます。後継は結局、武骨な軍人ウァレンティニアヌスになり、厳格な政治で帝国を立て直します。キリスト教も盛り返します。この頃になると、いよいよフン族が出てきます。ギボンはフン族=匈奴説に従っており、18世紀のイギリスの東洋史の認知度には驚かされます。フン族に圧迫された西ゴート人は、東帝国領内に入って東帝ウァレンスを敗死させ、帝国はまたもや危機に陥ります。
この危機に、有能な将軍テオドシウスが東帝に選ばれ、策略と軍略を用いながらゴート人を服属させることに成功します。西帝国では内乱が起こり、結局テオドシウスは西帝国に介入して、帝国を統一します。律義に先帝の子供の帝位を守ろうとしたせいか、ギボンはテオドシウスをかなり高評価しています。テオドシウスはキリスト教を国教と定め、ついに異教の儀式は禁止になります。しかし聖者崇拝に多神教の要素が見られることをギボンは見逃しません。
テオドシウスの死後は凡庸な兄弟が東西の皇帝になり、取り巻きに操られる中、東西帝国は次第に疎遠になっていきます。そして西ゴートのアラリックは帝国に形式上服属しながら巧みに東西帝国を荒らしまわります。西帝国はスティリコが辛うじてイタリアを守り抜きますが、アラリックとの関係を疑われて謀殺されてしまいます。


4巻までは訳者がほぼ中野好夫だけで、漢語が多く、昔の講談か軍記物みたいな語り調の雰囲気があります。
この後の巻は読むかどうかわかりませんが、読んだらまた書きます。

砂漠の反乱




「アラビアのロレンス」の回想録です。

砂漠の反乱
ロレンス著、小林元訳、中公文庫
初版:2001年
原書出版年:1927年


映画「アラビアのロレンス」の主人公ロレンスの回想録です。
第一次大戦でトルコに反乱を起こしたアラブの軍事顧問として、アラブ人を率いて砂漠で展開したゲリラ戦の記録です。
独特なアラビアの砂漠での戦闘が、考古学者で芸術家肌のロレンスによって文学的に書かれています。




第一次大戦でイギリスはオスマン・トルコを牽制するために、アラビアのメッカのシャリーフ(太守&宗教指導者)のフサイン・イブン・アリーをそそのかし、トルコに反乱を起こさせます。
しかし前近代的な砂漠の部族のままのアラブ人では一応近代的なトルコ軍に勝てずにメッカまで危なくなります。そこでイギリスは中東に詳しいロレンスを起用します。

本書は、ロレンスがイギリス軍将校として1916年にアラビアに行くところから始まります。フサインの息子ファイサルの顧問&連絡将校になって、イギリスの援助を与えながら、寄せ集めのアラブ部族を指導して、沿岸都市の占領や鉄道破壊により、トルコを次第に圧迫していきます。1918年にはダマスカスにイギリス軍より早く入りますが、そこで精力尽きて(実際には政治的に行き詰ったようです)、軍を辞めるところで終わります。

全体を通してロレンスは、独立を目指して立ち上がったアラブ人と、アラブ人を利用するだけで完全独立(アラビア語圏のシリアまで含む)を認めるつもりのないイギリスとの間での板挟みに悩みながら、心情的にはアラブ人に味方しつつイギリス軍人として任務を遂行いていきます。とにかくアラブ軍占領の既成事実を作るため、ロレンスはアラブ軍をアラビア半島から積極的に前進させます。
酷暑の砂漠を渡るラクダ隊、奇襲、列車爆破など、ヨーロッパ戦線とはまったく違う戦いが展開されます。
部族間で対立し、すぐにケンカになり、戦闘に負ければふてくされるし、勝ったら略奪に夢中になって統制がとれなくなるという、昔ながらの自由すぎるアラブ人を率いるロレンスの苦労がにじみ出ています。

この本の成立は複雑で、もともとロレンスは『知恵の七柱』という大著の回想録を書き、それを自分でばっさり省略してダイジェスト版にしたのが『砂漠の反乱』で、本書はさらにその抄訳です。
なので『知恵の七柱』から見ると、アラブの歴史や地理、風習の記載をはじめ、細かいエピソードやロレンスの考え方まで、大幅に省略されています。
さらに本書は大ざっぱな地図が2枚だけで注釈も詳しい解説もないです。翻訳は1960年に筑摩書房から出ていた物を再録しているだけなので、軍事用語や地理用語に曖昧なのが多く、原文がそうなのか抄訳だからかわかりませんが、話の筋がよくわからなくなるところもあります。
それでも、何となくロレンスの雰囲気を知るには、これで間に合うと思います。不明な点はネットで調べれば、だいたいわかります。

平凡社の東洋文庫からは『完全版 知恵の七柱』(全5巻)が出ており、こっちは『知恵の七柱』草稿版をもとにしており、豊富な地図、写真、訳注、解説、人名索引まで付いてすばらしく親切なので、興味と時間のある方にはお勧めです(私は斜め読みした程度ですが)。

プロフィール

Author:tazipie
1972年生まれ。
歴史、思想、文学、芸術の古典的名著が好きです。
ドイツと古代ギリシャびいきです。
私が影響を受けた、または面白かった本の書評・感想を書いていきます。
「どれくらい古いのが古典なの?」と言われそうですが、
とりあえず50年たっても何かしらの面白みがある本にします。

一応、アフィリエイトにもしているので
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